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僕の歴史

僕がどんな人生を歩んできたのか箇条書きで簡単に書いていこうと思います。

幼少期から小学校時代にかけては、ひとりで遊んでいることが多く、学校の成績は常にクラスで一番でした。

中学校は受験をして、中高一貫の進学校に入りました。

ただ、中学3年になるころには完全に勉強をしなくなり、家に帰ればインターネットばかりしていました。

それでも、中高一貫で高校受験がなかったのでそのまま進学しましたが、高校生になると学校ではずっと机に突っ伏して寝ていました。

高校3年のときは軽度のうつになり、一度自殺未遂をしました。

高校を卒業してからはひきこもりになり、家でずっとネットゲームをして約8年間過ごしました。

そして、22か23才から酒を毎日飲むようになりました。

無職の状態で約8年経ったところで、大阪へ行った友達から「うちに来ないか」と誘われ、1ヶ月半ほど居候生活をしましたが、友達の彼女に横恋慕したあげく失恋し、札幌へ逃げ帰りました。

失恋で傷ついた心をごまかすべくバイトの面接を何社か受けましたが全部落ちたので、ゲームをして酒を飲んで寝るという生活に逆戻りしました。

失恋してから5ヶ月ほど経ったある日、急に「東大へ行けば人生が開けるかもしれない」と思い立ち、3ヶ月のあいだ1日12時間以上勉強しました。

しかし、3ヶ月後眼精疲労になり、参考書を30分も読めば吐き気をもよおすようになり勉強を断念。そのまま勉強はしなくなりました。

再びゲームして酒飲んで寝るという生活を送るようになりましたが、ネットゲームで仲良くなった女から「広島に来ればセックスさせてあげるよ」と言われ、ほいほい広島県へ行くことに。

広島県に着いてから2・3日後にはなぜか僕は働いていました。

仲良くなった女の母親が社長だったので、すぐ就職することができ、僕が住む家も借りられていたので働かざるを得ませんでした。

仲良くなった女とは結局セックスをし、その女から紹介された別の女と付き合うことに。

肉体労働をしながら、彼女と付き合い、ネットゲームで仲良くなった女とたまにセックスをする生活が続きました。

1年半経ったところで、仕事も人間関係も嫌になり札幌へ逃亡。

札幌に帰ってから3ヶ月で80万円ほどあった貯金が0になりました。

ここで、祖母が介護老人福祉施設に入ることになり、祖母が住んでいた一軒家が空いたので、両親に生活費を払ってもらいながら僕が住むことに。

毎日酒を飲みながら退屈に押しつぶされそうになっていたころ、以前訪ねた就労支援施設のスタッフから電話がかかってきて、とにかく面談だけでも受けてみないかと言われました。

そして、その施設の就労支援プログラムに3ヶ月参加し、職場実習トレーニングを3つ受けました。

職場実習トレーニングを受けさせてくれた企業は、僕が望めばそのままアルバイトとして雇ってくれるようでしたが、全部イヤだったので断りました。

そして、無職だったにもかかわらず、同じ就労支援プログラムに参加していた女性と付き合うことになりました。

その後、ビジネスホテルのナイトフロントとして3ヶ月働きましたが、そこで共に働いている人間がほとんど全員嫌いになり辞めました。

2016年の12月末から彼女と同棲するようになり、ビジネスホテルを辞めてから9ヶ月経ったあと、今度は介護の職業訓練を受けることになりました。

しかし、職業訓練4日目にして嫌気が差し、休憩時間中に講師のいる前でばっくれました。

そして今に至ります。