なんか嫌

病院での「なんか嫌」

ねんざの件で病院へ行ってきました。

どうやら骨には異常ないようなのでそのうち治るでしょう。

ところで、僕は「なんか嫌」と感じた施設(病院・商店など)には基本的に二度と行きません。

今回は病院で「なんか嫌」と感じてしまいました。

でもほんとささいなことなんですよね。普通の感覚からすると「違和感」程度のものです。

さて、それではどういったやりとりがあったか書きます。

僕「湿布を包帯で固定してますけど、これは次に来院する1週間後までつけっぱなしでいいんですか?」

医者「そのままだとかぶれてしまうので、場合によっては4・5時間に1回交換してください。包帯を取らなかったら湿布は替えられませんよね?」

はい、文字にするとさらにどこが気に食わなかったのか僕もよくわからなくなってきました。

しかし、解説していきたいと思います。

まず、「場合によっては」というところです。

「場合によっては」って「通常はこれぐらいの周期で湿布を取り替えてください」というセリフがないと突飛です。

ただ、看護師をやっていた母に言わせてみれば「湿布を毎日替えるなんて当然でしょ。あんたが非常識なこと言ってんのよ」だそうです。

なるほど、たしかに医療に携わっている人間を含め、だいたいの人が知っていて当然ということを俺は知らなかったらしい。

でも捻挫なんて人生で初めてだしなあ。

それはともかく次の「包帯を取らなかったら湿布を替えられませんよね?」が蛇足かつ憎たらしいですね。

さすがにそれはわかるよ。包帯取らなかったらどうやって湿布を替えるというのでしょう。

これが北野武監督のBROTHERだったら、「包帯取らなかったら湿布を替えられないことぐらいわかるよ、馬鹿野郎」と言って銃をぶっ放しているところですね。

 ラーメン屋での「なんか嫌」

あと「なんか嫌」といったら実家の近くのラーメン屋でもありましたね。

そこのラーメン屋は、僕が今まで食べてきたラーメンの中で1・2位を争うほど美味しかったのですがおそらく二度と行きません。

具体的なやりとりを書くとたとえば、オーダーを取りに来た店主に僕が注文するとこう返されたのです。

「お客さん、メニューをよくごらんになってください」

そこで初めてラーメンの名前を微妙に間違えていたことに気付いたのですが、どのラーメンか判別できないほど間違えていたわけではないので「そこは〇〇ラーメンではありませんか?」でよいのではないかともやもやしました。

「なんか嫌」の決定打は会計のときでした。

そのときは父と一緒に食事したので会計は父が払ったのですが、父がお札を手渡ししようとすると店主はトレーを差し出して「お金はここにお願いします」と言うのです。

小銭もあるならわかります。トレーのほうが確実に受け渡し出来ますからね。でもお札1枚渡すだけでした。そこは普通に受け取ればいいのではないかと思いました。

 結局「なんか嫌」とは──

結局は、そのときの言い方や雰囲気も「なんか嫌」に多分に関係してくるのですが、多くの人は「違和感」として感じるだけで特に深くは考えないでしょう。

ただ、違和感ってそのままにしておくと痛い目に遭うときがあります。

特に、大事な場面で違和感をおぼえたにも関わらずそのままにしておくと致命的な事態に陥ります。

たとえば、自分が大規模な手術を受ける際、執刀医に対して「なんか嫌」と感じているのにそのままにしてしまい、その「なんか嫌」な予感が当たって医療ミスなどで死んでしまってはもはや手遅れです。

 

ああだこうだと書きましたが、つまり僕は「違和感」を重視して生きています。

それは結局、いたずらに自分が傷つけられないよう防衛しているんでしょうね。