男の嫉妬について

今回恋愛絡みの嫉妬は置いといて、それ以外の男の嫉妬について書こうと思います。

と言いつつも、恋愛絡み以外の嫉妬は僕ほとんどしたことないんですよね。

自分は自分他人は他人と割り切っているからというのもありますが、僕ってあんまり欲しいものがないんです。放っておいてくれるだけでわりと幸せです。

嫉妬って結局、「それが手に入れば自分はもっと幸せになれる。でも俺はそれを持っていなくてあいつは持っている。羨ましい、憎い」ってことでしょう。

僕も嫉妬したことはあったが、じつはする必要がなかった

たとえば、自分の過去を振り返ってみると、僕は小説家や漫画家になりたかった時期があるのですが、小説を書くのが好きだったわけじゃないし絵を描くことなんてむしろ嫌いでした。そして、豊富な知識や経験がないと書けない文章や綺麗に描かれた絵を見て屈辱と焦りをおぼえるわけです。ここでポイントなのは、僕は努力を一切していないというところです。

ではなぜ小説家や漫画家になりたかったかというと、「少々変な人でも許されてなおかつそれなりに社会的地位があるから」です。

つまり、当時僕は自分を「社会から落ちこぼれてしまった変人」と認識していて、それがストレスとなり、この苦しみから抜け出すには小説家や漫画家といった芸術的な職業に就くしかないと思い込んでいたのです。

しかし、そもそも僕は変人でどうしようもないかといえばそうでもありません。ただ街中を歩くだけでは分からないというだけで、僕より反社会・非社会的で変な人なんて腐るほどいるんですよね。だいたい、いくら働いていようが金持ちだろうがまわりに害をまき散らしている人間もたくさんいるんです。

それが、本を読んだり人生経験を積んだりしているうちに分かってきたんです。

だから、もともと漫画家や小説家に対して嫉妬する必要なんてなかったんです。結局は思い込み・誤解なんです。

もちろん、バイトすらしていない無職ともなるといろいろ言われますが、僕の幸せを願っていない人の話は基本聞き流します。それは結局「自分達と同じように義務を果たせ」という話ですからね。

それはともかく僕が言いたいのは、自分の認識を変えることで余計な嫉妬を減らせるのではないかということです。

どうしても諦めきれないのなら努力したほうがよさそう

ただ、あれこれ考えてみたがどうしても欲しいということもあるでしょう。

たとえば、また僕の話ですが、何年か前「もう死のうかな。でもやり残していることがないかな?」と考えた際、「まだ充実したセックスをしてないや。セックスに対してちゃんと向き合ってくれる彼女が出来るまで死ねない」と思ったんです。

つまり、どうしても諦めきれないことに関しては手に入れるまで努力したほうが賢明ということです。

諦めきれないことは、無理に認識を変えようとしてもやはりひずみが生じると思うんです。

自分が実際に経験した嫉妬から考えられるのはこのぐらいです。

男の嫉妬は醜い

あとは余談ですが、他人の(男の)嫉妬を見聞きしたときの話をします。

他人が他人に対して嫉妬しているのを見聞きしたときはただ単に「醜い」と感じます。卑屈で気の毒で悪意があると判断します。

たとえば、「あいつはたいして就職活動していないのに条件の良い会社に入れた。ふざけんな」といった場合です。かわいそうですね。

他人が僕に対して嫉妬しているのを見聞きしたときは、困惑し相手を軽蔑します。

というのも、けっこう身近な人間が自分に対して嫉妬していたりするんですよね。

こちらは親しい間柄だと思っているから困惑しますし、だいたい僕はただの無職です。社会的地位もないし何か特別な能力があるわけでもありません。

日本はじゅうぶん豊かなんだから心掛け次第で嫉妬は減る

もう嫉妬ってなんでも対象になるんでしょうね。世の中には「自分が欲しいものをすでに持っている人間が憎い」という考えから嫉妬している人間だけでなく、卑屈で嫉妬体質だから嫉妬している人間もけっこう多いんじゃないでしょうか。

結論として、日本はじゅうぶん豊かなんだからあとは心掛け次第で嫉妬などほとんどする必要がなくなると思います。

まあ、偉そうに言っていますがここらへんは、心屋仁之助さんなどの著名人の影響が大きいです。