自分のことを「ニート」やら「ひきこもり」やらと言うのはやめて、ただ「働いていない」にしませんか

俺はいわゆるニートである。

高校を卒業してから働いていない期間は10年以上になる。

まともに働いたのは1年半船の掃除をしたのと3ヶ月ホテルのナイトフロント(名目は警備)をしたのと合わせて2年弱。

最近は他人に対して自分のことを説明するとき「ニート」という単語も「無職」という単語も使わなくなった。ただ、「働いていない」と言うのみだ。

なぜこんな記事を書こうと思ったのかというと、他人のはてなブログで「ニート」という単語が当たり前に使われているのを見て、そういえば俺も以前は自分のことを「ニート」と言って卑下していたなと思い出したからだ。

「ニート」という単語はほとんどの場合蔑称として使われていると言ってよいだろう。

「ニート」という単語が流行る前は「ひきこもり」という単語(蔑称)があり、それ以前は「プータロー」といったところか。

「ニート」という言葉を当事者でない人間(無職になったことのない人間や無職になってもすぐ別の仕事に就くような人間)が使うなら勝手にすればいいと思うが、当事者が自分で「ニート」と言うのはよろしくない。

「ニート」という単語をただ単に「働いていない」という意味で使うのであればよい。しかし「働いていない」または「働いていないし出来れば働きたくない」という意味のみで「ニート」という単語を使っている人間がどれほどいるというのだ。「ニート」という単語を使う人間は大なり小なり「無職でいてはいけない。無職はよろしくない」といった意味合いを含めているのだ。

そして、「ニート」という言葉を使わないようにしている俺ですら「両親に養われているのはどうなのか」という気持ちを抱えている。

微量に「申し訳ない」という気持ちを抱えている。

しかしそれでも、「わたしはニートだった」とか「わたしはニートです」とかそういったことを言うのは避けるべきだ。

つまり、自分で自分を卑下するのはやめよう、ということだ。

働いていないからといってその人の価値が下がるというわけではない。働いていないことによって社会的な価値は下がるかもしれないが、社会的つまり他人から見た価値と自分で自分自身をどう評価するかは別の話だ。

卑屈になったって自分の得にはならないよ。