実はネットに自分を晒したほうがいいんじゃないのか

実は、なるべく目立たず深海魚のように生きるより他人から攻撃されるリスクを取ってでもインターネットにプライベートを晒したほうが自分に共感してくれる人や自分を支持してくれる人と繋がることが出来るので良いのではないか。

今更ながらそう感じる。

ホリエモンやpha氏の影響も多分にある。

俺は昔、インターネットという大海に自分を晒さないようにし、こそこそと仲間を探していた

俺は時折だらだらと付き合える無職仲間を探すのであるが、そもそもいまだに無職がインターネットのどこに潜んでいるのかよくわからないし、いたとしてもそう簡単に名乗り出てくるものではない。

高校を卒業してやや自虐的だったときにREDSTONEというネットゲームで「俺はひきこもりだ」などと言っていたら「実は俺もそうなんだ」と言ってきた人はいたけれどもそれは例外である。

ネットゲームというところは、まともに働いていないだろうと予想される人に対して普段何をやっているのか聞いても、たいていは「w」のみで誤魔化される。

そういう人はたぶんまともに働いていない人だと今ではわかる。

まあ、大学生や社会人が相手だと堂々と言ってくるんだが、それはそれで癪にさわったものだ。

つい最近ではジモティーというところで無職仲間を募集していた。

ジモティーは本来素人同士で物を売り買いするところだから、いわゆる「出会い」目的だと判断されるとそもそも投稿できなかったりする。

ただ、ジモティーで何人かの無職(自称も含め)と接して困ったことは、「それで何が目的なの?」と言われることだ。

これには困ってしまった。俺自身も何が目的なのかよくわからない。

とにかく閉塞感・退屈を打破するために、しかしすべての友達・知り合いと縁を切ったがゆえに取っ掛かりもなく、自分はあれがやりたいこれがやりたいという意欲も低く、ただなんとなく知らない人と関わろうとしていただけだった。

つまり目的が不明瞭なため、相手とのやりとり(主にLINEで通話)もなんとなくギクシャクしたものになってしまうのだ。

もっと昔だとセイチャットで無職と知り合い現実で会おうとしていたが、結局実際に会ったのは東京に住む男性一人のみである。

結局、インターネットに自分をさらけだしたほうが早いのだろうか

話は戻るが、インターネットにおいてなんらかの手段で一人一人と丁寧にやりとりをしそこから現実の知り合いに繋げていくという今までの俺のやり方は、自分が夢中になれるものを持っている人ならばともかく、俺のように興味が色んなものに分散している良く言えばバランス型の、悪く言えば何事も中途半端な人間にとっては効率的でないのだろう。

だからしばらくは俺の情報をこのブログを使ってたらたらとインターネットという大海に流そうと思う。ちょっと怖いけど。